文字サイズ 標準拡大

キラリと光る人

キラリと光る人:山岳遭難救助隊長 山口 孝

写真:山岳遭難救助隊長 山口 孝

 標高2300m北アルプス穂高連峰の懐、涸沢(からさわ)。ここに建つ「涸沢ヒュッテ」の社長・山口孝さん。中学生のとき、穂高・涸沢の山小屋へ登って以来、半世紀。山の優しさと厳しさの両面を小屋番として山岳救助隊長として、そして穂高を愛する男として見続けてきました。何度も登頂したにも関わらず、いまだに「穂高は永遠の憧れの山」と言う山口さんに、お話を伺いました。

――県独自の「信州 山の日」制定と、再来年からの新しい祝日「山の日」について。

山口 私が、山で仕事を始め40年以上経ちますが、この制定については「嬉しい」のひと言です。(制定の)話が出始めの頃は、6月の緑さわやかな時期が良いのではという流れが全国的にあったのですが、北アルプスですとまだ山小屋周辺には雪がたっぷりあって、それこそアイゼン・ピッケルの世界。せっかくならみんなで登れる日(時期)がいいのではないか、となり夏休みの頃に。お父さんもこの日があれば、ファミリーで山に行ってみようかとなるかも。〝山に登るきっかけの日〞〝山を思う日〞になってくれたらいいなと思います。

――〝山〞との出会いは。

写真:

上:早朝、穂高の山がまっ赤に染まるモルゲンロート(2013年9月30日撮影)
下:手前の建物が涸沢ヒュッテ(2013年8月12日撮影)

【穂高氷河圏谷(けんこく) 涸沢ヒュッテ】
Tel.090-9002-2534 期間/ 4月下旬~ 11月上旬 1泊2食9500円(素泊6200 円)※お弁当1000円 収容/約200名、テント/約500張

【涸沢ヒュッテまでは】
上高地バスターミナル→河童橋→(約3時間)→横尾→(約1時間30分)→本谷橋→北穂高岳南稜での高山病登山者の救助の様子(約45分)→Sガレ→(約1時間)→涸沢ヒュッテ

山口  私が初めて涸沢に登ったのは1961年。中学3年生のときです。以来、高校・大学と夏休みのたびに叔母が経営していた山小屋を手伝わせてもらっていました。大学を卒業後2年間、海外旅行の代理店でサラリーマンを経験。その後は、山小屋に入ろうと決めていたのですが、その前に叔母に頼み込んで「半年ほどヨーロッパを旅したい。帰ってきたら2、3年は無給、無償で働きますから、旅費を出して欲しい。なくなったら帰ってきます!」と(笑)。

――その後、ヒュッテのお仕事に就かされたのですね。

山口 現在のボス(親分)の小林銀一さんは、叔母が社長の頃、支配人をされていて、今83歳ですが、お若い頃は実に厳しい方でして(笑)。〝山ヤ〞になり立ての私たちを、朝から晩までしごくのです。1972年まではヘリで食糧を上げる時代ではなく、横尾に届く食糧・物資を、下山1時間、登り3時間で、多い日は1日2回も往復しました。いえ、させられました(笑)。いつの間にか100kg担げるように。ヘリが荷上げするようになっても、ヘリと勝負してきました。「雨が降っても、ヤリが降っても俺たちは背負って行けるぞ。」と。

――山岳救助隊長として関わった山について。

山口 嬉しいことも悲しいことも、数え切れないほど体験しました。皆が助かるわけではないので……。山の世界は危険と楽しさが背中合わせです。一歩間違えれば死の世界があります。昨夏、私が穂高の遭難救助を終えて下りてくる時に、楽しくてたまらない様子でピョンピョン北穂高方面へ向かって登って来る子どもたちと出会いました。子どもにとっては、好奇心のるつぼ。未知の世界がこの山の上に広がっている……というのはもちろんわかりますが、後から登ってくる保護者の方に「涸沢までと、涸沢から上は世界が全く違います。子どもたちと離れて歩くなんて危険過ぎます。もっと心得て。」とアドバイス。山の情報は氾濫しています。それだけに、本当の山の情報を皆にもっと発信し、繋いでいく責務があるということを改めて痛感しました。そして、それを踏まえた上で、やはり私は涸沢が世界で一番美しい山だと思っています。その魅力を、もっともっと登山者に体感していただけたらと思います。

――涸沢のとっておきの魅力を。

山口 8月(27日〜29日)に「カラフェス」が復活し開催されます。一番のメインイベントは、カウントダウンで灯りをすべて消して、みんなで星空を眺めるというもの。星が、ざぁざぁ音を立てて降ってくるようです。また、秋の紅葉は世界一の絶景だと思っています。真っ赤に染まるナナカマドがこれほど多く自生している圏谷はほかにはありません。また、早朝、穂高の山が赤く染まる、通称・モルゲンロートという日があります。ワンシーズンの中でたった、1日か2日です。それを目当てに訪れる登山者で、涸沢はいっぱいになります。例年、ヒュッテは定員200名の倍、500張り可能なテント場もいっぱいになります。1テントにふたりで来ていたとしたら1000人。約1400人が一同に。朝のトイレは行列ですけどね(笑)。

 東日本大震災を経験し、2012年の夏に仙台からいらしたグループがいました。「落ち込んでいたけれど、山の素晴らしい景色を見たら、生きる勇気と元気をもらいました。」と、帰りに泣きながら教えてくださいました。山はそういうものを人に与えられる本当にいい場所なんだなと。人に生きる望みを与えてくれる素晴らしい所なのだと、改めて思いました。

山口 孝(Takashi Yamaguchi)

1947年、東京生まれ。2001年から涸沢ヒュッテ代表取締役。1951年、北アルプス・穂高連峰の登山基地として、涸沢カールに建てられた山小屋に中学生の頃から通い現在に至る。登山道を守るのは山ヤの義務、と社長となった今でも登山道の整備は欠かさない。2007年からは北アルプス南部地区山岳遭難救助隊長を務める。